2017年2月25日土曜日

2017年2月22日水曜日

<宮古馬を救うため、お力を貸してください>*


皆魂へ宮古馬さんを救うためのお願い*
宮古島に住んでいた時、2年か3年、荷ヶ取牧場さんにて馬のお世話のため、働かせてもらっていました。
小さい頃から草原で馬に乗り走る事が夢だった私は、牧場で馬さんのお世話をさせてもらい夢のような日々でした。
でも現状は、宮古馬の支援金が足りず、エサ代を出すのもやっとという牧場の状況、18頭の馬たちのお世話はすごく大変な事だと身をもって知りました。
宮古で1人悲しく泣き潰れそうになってオイオイ泣いている時もいつも馬たちが私を癒してくれました。...
1人で牧場の草原でなりやまあやぐを歌っているといつも馬たちが集まって来て静かに聞いてそばにいてくれました。
そんな宮古馬さんたちとの思い出が沢山あって、いつも何か出来ないかな?と考え支援金のポストカードやステッカー作ったけど続かず、感謝を形に出来ない事が 申し訳ないと思っていました。
そこに宮古馬を愛する友人の矢谷さちこさんが身を粉にして動き立ち上がってくれて、宮古島に行き話を繋ぎ形にしてくれようとしています。そしてこんな声明文を製作しシェアしてくれました、心より感謝します、さっちゃんありがとう。
にかどり牧場のオーナー、にかどりさんほど馬を愛している人を私は知りません、にかどりさんと宮古馬たちはほんと心が通いあって、見ていてすごく心があたたかくなります。にかどり牧場のにかどりさんとえみさんは私の宮古島のお父さんお母さんのような存在で、馬の事を沢山教えてくれた方々。。
大好きな宮古馬たちの尊い命をどうにか救いたい、、あんなに小柄で可愛い宮古馬たちを、なぜそんな選択しか考えないのか不思議でたまらないです。ミサイル基地など考えず、お金に走らず、宮古島に昔からいる馬たち、農耕馬として助けていた時代、人間と動物が共存する世界を忘れないでいて欲しい。。。
私も宮古島市と沖縄県庁に手紙を沢山書いています。
心ある方、是非お力をお貸し頂き、馬さんたちを助けてるためお手紙を書いて頂けませんでしょうか?
以下詳細文をシェアします。
矢谷さちこさんより
もしよろしければ、多くの方に知って頂きたい
シェア拡散よろしくお願いします。





<宮古馬を救うため、お力を貸してください>
どうかこの、南の島の小さなお馬さんたちを助けるためにお力を貸してください。
宮古島には、絶滅の危機に瀕している小さな在来馬、宮古馬がいます。県の天然記念物にも指定されています。...
うつくしく、温厚な性質のため、今の天皇陛下がご幼少の頃の乗馬用に選ばれたお馬でもあり、琉球王朝では、王様の馬としても愛用されていました。

そのお馬さんたちが、今、市のほうからの補助金がカットされ、整理されようとしています。
宮古馬は、長い間、人と共に畑を耕し、荷を運び、懸命に働いてきました。
小さな身体に、サトウキビの束がどっさりと山積みされた昔の写真も見たことがあります。
粗食に耐え、やさしく働きもの。島の人々の暮らしを助け、支え続けてくれたお馬です。
ですが、戦後急速に変わった暮らしの中で、かえりみられることなく忘れられ、気が付いたときには数頭になっていました。
それを有志の方々が保存会を作り、40年ほどの間に地道にその数を増やし、ようやく50頭に近づくまでになったところです。
そんな折り、市のほうから、今月の24日には約半数近くの馬を天然記念物の指定からはずし、補助金をカットするとのお達しがあるそうです。
保存育成への補助金は現在でも些細な額であるため、友人の牧場では、私財を投じ、所有する土地を売るなどして、持ちこたえてきました。
苦しい状況のなかで、さらに補助金がなくなれば馬は生きていくのが難しくなります。
処分する飼い主さんも出てくるでしょう。
友人の牧場では引き馬や乗馬で収入を得るためにがんばっていますが、調教には時間がかかり、また天然記念物のために去勢できないということも乗馬用にむずかしく、またなかなかお客さんが少ない現状です。
馬の自活のために、できるだけのことはしているのですが、エサ代など、これ以上の負担も苦しい状況です。
なによりも絶滅が危ぶまれる生き物が今後も健やかに生存を続けて行くために、現在の47頭は、あまりに少ない数に思えます。
今回整理されるのは、10才以上のおす馬と、10年以上子供を産んでないめす馬です。
その数は半数の二十数頭ほどになります。
馬は群れで生きるものたちです。
人の了見では役に立たないと思われる、年老いた馬たち、弱いものたちも、群れのなかで大事な役目を負っているはずです。
とても人智の及ばないような、たくさんの役割を、それぞれの馬は持っていると思います。
まして、馬の10才はまだまだ壮年で、働き盛りです。
また種の保存を考えれば、まだ安定した頭数に達したとはとてもいえない現況で、整理より先に、たくさんの多様な馬のファミリーをつくることが大事なのではないかと思います。
長老も子馬も弱い馬も、みんな一緒の中で育くまれることが、繁殖にもよい結果を生むことでしょう。
それを支援する仕組み作りの助成が一番に必要なのではと思いますが、その逆の「整理」というものが、もうすぐ始まるといった状況です。
天然記念物に指定されている絶滅を危ぶまれる生き物への施策が、市の担当課の一存で決められてよいのか、それも疑問があります。
補助金には限りはありますし、一担当課だけでは荷が重く、苦しいお仕事にもなるでしょう。
このことに限らずですが、お役所のなかでは煮詰まって、狭い視野のなかの判断になりがち、そしてそれはみんなが苦しいです。
補助金削減イコール馬を処分する、ということ以外に夢のある選択肢はあるでしょうし、それを応援したいのです。
もの言わぬ存在は、そういう時、いつも窮地にたたされます。
生き物たちは、本来、対等な仲間であり、人がどうこうしていいものではないとは思いますが、
でも、その関わり方一つで、その生き物も人も、双方が生かされ、たいへん豊かな境地が開かれます。
また動物たちとの交わりは至福であり、たくさんの大切なことを教えてくれる存在でもあります。
そのなかで、絶滅にむかっている命が、今目の前にあります。
宮古馬に限らず、人類の所業によって、あるいは身動きのとれないギチギチの「予算」のような名のもとに、不必要に追いつめられる野生の生き物たちが、全国にどれだけいることか、
この星にとって命の多様性がどれほど大事なことか、そのことも見据えながら、目前に迫った、この宮古馬の生存の運命のために、皆さまのお力をお貸しいただけましたら幸いです。
補助金に頼らなくてもやっていけるよう、民間で応援できたら、と今後クラウドファンディングや、寄付など募ることもしていきたいと思っています。そのときにはどうかご協力を賜りましたら幸甚です。
が、現在は、市のほうの施策が決定されると、年度末には馬の運命も定かではなく、時間の限られたことでもあり、どのようにしていったらよいのかのご助言や、県や市へ、馬へのやさしいお気持ち、また行政の方へのあたたかい応援のお気持ちをお伝えいただけたらと思います。
南の島で懸命に生きている、在来の、小さなお馬たち、
どうか、まずこの現状を知っていただき、馬たちの窮状に一筋の光をあててやっていただけないでしょうか。
まだまだこれからの命、どの馬も処分されることなく、その生を全うできるよう、願ってやみません。
なお、参考までに県と市の連絡先です。
長文をお読みいただきありがとうございました。
宮古島市役所
下地 敏彦 市長様
〒906-8501 沖縄県宮古島市平良字西里186番地 電話(代表): 0980-72-3751
沖縄県庁
翁長 雄志 知事様
〒900-8570 沖縄県那覇市泉崎1-2-2 電話(代表):098-866-2333





下記、宮古馬の支援金口座開設いたしました!

口座番号をお知らせさせていただきます。
ご支援をどうかよろしくお願いいたします。

----------------------------------------
◎宮古馬支援金口座◎
ゆうちょ銀行
●口座名
【ミャークヌーマ基金】
*一口 1000円から何口でも
<ゆうちょ銀行口座間からのお振込みの場合>
記号 17090
番号 18382041
<他の金融機関からお振込みの場合>
店名 七〇八 (ナナゼロハチ)
店番 708
(普通)
1838204
————————————————————
前回記事
https://www.facebook.com/xusa.s/posts/1452204361458680?pnref=story









 

2017年2月21日火曜日

「この世界の片隅に」*

二ヶ月半思い、やっと子供と観に行きました。

 「この世界の片隅に」

70年前の婆ちゃん、爺ちゃん、たちのことを思った。そして今の今を。

戦時中の暮らし・思想・ とらえ方が今までになかった作品だなーと思いました。
普通に日常に生きた、私たちと変わりないひと人が 生きた時代が戦争中だっただけで
そこにいくつものにんげんドラマがあって くるしくても生きていく強さみたいなのを感じた。

おばあちゃんは 20歳のころの7月に武器を作る市内の工場で結核になって 山へ帰って
きたけど、もし結核にならなかたっら そのまま働き続けて 原爆でしんでいたかもしれないと語った・おばあちゃんがいなかったら 今の私も 生れてこなかったし、先祖の一歩一歩の生きた
選択を思うと 私がいる ことも 改めて奇跡 みたいだと 思う。

 叔母さんは8/6の朝の市電に乗り忘れ物を思い出して取りに帰って生き残ったけど、その後別れた友達は原爆にあって亡くなったんだよと言っていた。
叔母さんが忘れ物をしてよかったと 小さいころすごく思ったけど、叔母さんはいつも言っていた
なんで友達を誘って家に帰らなかったのかと 後悔していると。私だけ助かって・・・・と。

想像を絶する 苦しみと痛みと悲しみと 一瞬にして 焼き尽くされた町 広島
原爆で亡くなった 魂は 選んで この 道を  生きて 生れてきたのかな・・・
魂の目的 の学びは 果たされたのかな いつも こんなことを思ってしまうし、
浮遊している 犠牲になった 霊魂 への 鎮魂への祈りを していると 焼き付くような痛みと
涙が とめどなく溢れて なんだか ぐしゃぐしゃになって 途方に暮れてしまう、私にはこれしか
できなくて ごめんなさい と 語りかけて 光の世界へ還って 行ってね と語りかける。

 私の爺ちゃんは将校さんだったらしく、指揮官をしていたらしい 騎馬隊で馬に乗ってる爺ちゃんの写真とっても好きでいつも見てしまう。爺ちゃんに、会ったことないけど、今生身で出会えたら、沢山積もる話がしたいんだな。あれこれと。...おじいちゃんが 残してくれた 骨董品や 日本庭園・ 好きだったものが すごく 深く 興味をそそるモノたちで おじいちゃんの 信仰の深さや センスの良さをうかがえる。 よろずやだった私の 家は いつも おばあちゃんが ひとり切り盛りして
あくせく働いて いたと聞いた。 おじいちゃんは どこどこのお偉いさんがたとの 会合やらでいつも留守 ほとんど家に居なかった ト近所の おじさんに聞いた。
昔の この町が たたら製鉄で栄えてた頃 の 写真は ひとの 嵐のようだった みんな写真だと着飾って とっておきの1枚を 撮ってもらって 。すごく すごく 素敵だよと 孫の私は思う。

映画見て すごく 印象に残った言葉 とっておきの 言葉があった。

 ''この世界の片隅に私を見つけてくれてありがとう' ' 


 ぐっときた。
人と人が 出会い巡り合って深く繋がりあった時の言葉
すごく 美しかった 
わたしもほんとうに 今 そう思う。 
母親と父親を見つけて 私が 選んでこの世に 生まれ
この大きく小さい世界の片隅で 出会う 小さな奇跡の連続に感謝しかない。


 世界が平和でありますように、祈ってやまなぃ。


だから私は 泣いて 笑って 苦しんで 悩んで 喜んで 歌って 踊って 走って
生きて 生きて 生きて 生ききって みせようと 思う。 
生きたがってる 霊魂たちの ためにも  
私は ここ に やっと 立ち戻って また 生まれよう

そして


素朴に生きるよ


わたしにはこれが あっている 
土と共に



お爺ちゃんの とっておきの 1枚  とっても素敵で かっこいいよ と語りかけて
どうぞ 私たち が道に迷ったら お見守り お導き ください と・・・

この世界の片隅に 私を 見つけてくれてありがとう・・・

 

2017年2月12日日曜日

大河の一滴

2日間、丸3日間ずっと寝ていた
まったく突然の頭痛と吐き気、なんとも言えない怠さ、久々に横倒れベッドに丸投げ。
久々の感覚に、こうなったらもう身動き取れない
朝なのか夜なのかわからないほどに、寝すぎて腰が痛い
夢を見た、初めて橋の上から飛び降りる夢、しかも三回も飛び降りた。
悪夢といえば悪夢だし、清々しいと言えば清々しい夢
その最後のしめくくり、リアルなメッセージがきた。

「大河の一滴」

抱えてる思いも、目の前で起こっている現状も
大したことはない    大河の一滴   にすぎないとな

ループの響き。
我一生も大河の一滴にすぎないかぁ。

なんだか無性の無性の涙が込み上げてよく泣いた
この無性の無性の涙が出るのは久々だった。
重い身体を持ち上げてフラフラのままに
満月の真夜中、大雪が降る中一人ぼーと月を眺めた
雪が降る満月の夜はやけに静かで、この世に誰も居ないような
気さえしてしまうほどの、静けさ。
美しかった。

子供たちが、私を気遣って、欲しいものはないか?
何か食べたいものはないか?と一生懸命に看病してくれた。
素朴な純粋な気持ちになって、心底有難いと感じた。
小さな人達なりの真心と思いやりが嬉しかった。

日常に埋もれてしまうものも
こうやって何かの拍子に心底痛感する

よわっていると
どうしたことか
なげやりな気持ちになって
もうどうしようもない救われない
気持ちになってしまい

またドラマを演じてますよなともう一人の自分が
上から見て笑うのです

小さな子供天使がいとも簡単にほどいてくれた。


大河の一滴かぁ。

願わくば   世界が平和になりますように


愛そのものの中にいます




2017年2月5日日曜日

仙人掌=サボテンに学ぶ




幼子からサボテンが好きで
宮古時代は庭に食用サボテンを育てて食っていた
最近またサボテンがムクムクと私のハートに育って
仙人掌=サボテンを愛でているのである
トゲと硬い皮で覆い尽くし水は 少しばかりでいい方
中身は酸っぱくもアロエのねろねろをとった感じで
ポップコーンのような味なのです。これをテリヤキ風にしたり
おろしポン酢で食べたりとメインディシュにかわる。


(食用ウチワサボテン)↑



最近はもっぱら観賞用。恐ろしくも瓢箪と同様、語りかけて。
サボテンのように立ってみたり、
こないだサボテン屋さんに行った時のこと、もう心にとまってしまった
なんともいえぬサボテンがいた。お値段15000円。もう少しで買いそうになる
衝動。お前とは縁がないのか?自問自答・・・ぶつくさ。と手にとっては、置いてそして、
また見つめて、またおいて・・
そこに気づいた店主、、、サボテンはペットですから〜ね!と、、、とどめ的言葉をはいて。
ペットという言葉に囚われそうになったので、私は逃げるように店をあとにした。
そして園芸屋さんで小さな小さなサボテンを心の隙間を埋めるため購入。
私のペット=スキップ熊五郎犬でさえ、ちゃんと世話してやれないのに、
とウムウム言った。。。  
 そして、サボテンと花と瓢箪が咲き乱れた私の心の庭へ帰ってきて・・・・・

その数週間後、息子sがサボテンを育てたいんだよ!と言った。
園芸屋で、息子sのお年玉から、選ばれしサボテンがきた。
彼はペットのように大切に抱いて、家に持ち帰った。
息子に言った、あなたが80歳になるまでこのサボテン生きるよ!
だからこれからずっと一緒にいれるように育てようね。
少しの水をあたえた、息子、彼の目にサボテンがどのように
写っているのか。。。きになる。。。


そして私の愛おしき宮古のサボテンと竜舌蘭が恐ろしく育っていると
たまに知らせがはいるのである。


心うばわれたあの、サボテンが今でも心に住み着いています。

くやしい!





いとおしいい



2017年2月3日金曜日

3 / 3(fri)「菊池まゆ」&「YAINI∞ RERA」LIVE @OTIS! 広島

皆魂にLIVEのおしらせ〜*

3 / 3(fri)
「菊池まゆ」&「YAINI ∞RERA」 LIVE @OTIS! hiroshima

〜はるのおとずれによろこびのしらべ〜...

開催いたします*



 出演は
*「菊池まゆ 」ちゃん、
先日LIVEをさせてもらったmanosさんと、自宅で、歌教室をしている歌の先生でもあり、

歌うたいさんです。**
ピアノと彼女の歌声の世界、 切なく甘い深緑の中を泳ぐような、、、そんな感覚。。

色んな景色を見せてくれる、ほんと素晴らしい歌うたいさんで〜〜◎*◎
彼女のLIVEをいつも聞きたいなぁ!と思って二年半私の思いも叶い、
一緒にLIVEする運びとなりました。aa楽しみなのです


*「YAINI ∞RERA」新ユニット!
-hyoutami ×ヒトリノウパシクマ佐伯-
我らの音楽師匠!OTIS!佐伯さんと恐れ多くもユニットデビュ〜◎
''YAINI''はHopi 語で無限を意味し、''RERA''はAinu 語で風を意味する。
〜無限の風〜を吹かして〜*佐伯さんはモンゴルの馬頭琴、中東のウード、アイヌのトンコリ、多種多様な民族楽器を操るSpecialな方〜!私は 瓢箪楽器とウクレレギター歌など!
色んな国や世界中を旅するようなLIVEになりますよ*
必見の目撃!新ユニットデビュー!笑

*Specialguestダンサー「中野千春」さん
私の実の姉であり、フラダンサーでもあり、さまざまな創作ダンサー*舞人。
大地に根を大きくはるような、魂の叫びを身体で表現なさる鷹のような素敵なねぇさんです!!
Specialguestとして踊ってくださります〜〜◎*◎
どんな世界を見せてくれるか楽しみすぎる。。。ねえさま!




****
  **

3/3 (fri)
「菊池まゆ&YAINI ∞RERA」LIVE@OTIS!
〜はるのおとずれによろこびのしらべ〜

Open18:30〜
START19:30〜♪

出演:*菊池まゆ
*YAINI ∞RERA
(hyoutami ×
ヒトリノウパシクマ佐伯)
*中野千春

charge ¥1500+ワンオーダー
(入口でドリンク券をお求めください、フードもあります)

場所 「OTIS!」
広島市中区加古町1-20
082-249-3885
http://otis.world.coocan.jp/




***



hyoutami冬籠り&製作&内観のため2月はLIVEお休みです。(hyoutamiの冬眠....⁈ )
是非グレゴリオ暦ではありやんすが、ひな祭りの愛3/3Otis !愛に来てくださいね!!
ワクワクのyaini rera ユニットデビューを果たします!笑
  今年も無限の風を吹かして〜♩デビューを目撃してほしぃ♡

皆魂また愛う日まで〜
素敵な冬を皆魂お過ごしくださいませ〜


 *
* はるのおとずれをまちわびて〜


 *
* 皆魂が今ここ一瞬の無限、愛に光に満ち満ち溢れますように〜

    
Om. Shanti shanti. Shanti






                         菊池まゆ


 
ヒトリノウパシクマ佐伯さん
  

                        hyoutami
 

雪やこんこん.*..:。。*




雪の白樺並木 夕日が映える 

走れトロイカ ホガラ かに 鈴の音高く?




雪やこんこん  あられやこんこん

降っても降っても ずんずん つもり

山も野原も 綿帽子かぶり 枯れ木残らず 花が咲く





お庭外 

服は内


鬼は内
副は内

オタミ外





スキーにいくと 90年代初頭を 思い出すのはなぜなんだろう

ぴちぴちの スキーウエアー とか。。。




1m 




。。。。。。。


       昔 雪を食っていた幼少時代・・・

          オロナミンC と カルピスを かけて 三時のおやつ

                ・・・・・・・・

 幼馴染の寺で 屋根から大量の雪が落ちて うまった こととかね。

寺の 門の 階段を 平らにして 下は道路だけど、 そのまま 急降下で ソリ遊びとかね。


        末おそろし


                    

                            
 
 
 
近所のいったところのない山へ いった
茅葺の朽ち果てたぼろや
私はこんな家にとてつもなく惹かれるし
入りたくてしょうがない
昔の景色はさぞ美しかろうて
・・・・・・・・
 
;;;;
 
;;
 

「僕らはどこからやってきた?」おもひで*



松竹くん 辻ちゃんの作品展  

manos garden 


*
僕らはどこからやってきた?

*




二人の作品の  とけあいと・造形が 素敵だった。。。。



私は 松竹君の 丸い モビールと   辻ちゃんの 柿渋の布 を 選びました*

お部屋で モビールさんが宙に浮いて ながめてる*

柿渋の布は 勝手に 私の革細工と合わせて  コラボバック旅用にします*





最終日  hyoutami + 宇宙楽団による 僕らはどこからやってきたLIVE

宇宙楽団は 作者の松竹君自作の木彫りの操り人形とクリスタルボール
         作者の辻ちゃんの パーカッション・  
         おゆきさんのひょうたん笛とシャーマン笛
         manosあやこちゃんのギターとハルモニウムとキルタン歌
         菊池まゆちゃんのピアノと 歌
         スペシャルゲストに瓢箪様と八ヶ岳の画家こうちゃんと卓君・ちびこたち。


        で出演****  ! 




  瓢箪様の ひょうたんみくじ ∞

  大吉 二つ はいってるらしい

        ∞

「人間じゃ犬 」

たみつを



  
                                 菊池まゆちゃん 




宇宙楽団の 皆魂  *::::::**::::::

       :***:::::::::   ** ::::::


笑いと涙の あっという間の二時間でした*楽しかった!ありがとう。




     宇宙楽団のみんなは 宇宙家族なので 一緒にいると ほっとしちゃう*

   この日は 八ヶ岳から来てくれたこうちゃんのお誕生日!

       また 会えてうれしかった* おめでとう*  



              みんな いつも いつも ありがとう。


                      *:::::* *::::::::*
                 *:::::::  *:;::::::  * ::::::*



manos garden さんHP
http://manosgarden.com/

タムカイマさんHP 松竹くん おゆきさん
http://tamukaima.com/

2017年2月1日水曜日

うまれそうな唄

この一年の間に うまれそうな唄がある

その唄の子をはらんで 私は 長い陣痛の痛みに 

時にはもがき苦しみ、喜び、歓喜し、そして涙する

この唄の子は 長い旅路の 末 きっと いつか うまれる

言葉にならない 言葉を のせて 



魂がどうしようもなくなって 内部爆発を起す 

私は もはや私がなくなって チリジリノコナゴナ になっていく

そして 命が 笑って迎える 



どうあがこうが 痛みを 逃がす 呼吸 に 向かい

痛みと ともに ここに ある



はてしが ない 

はてなど ない



鼓動 に 耳を すまして 

私は 膜の中にもぐりこみ

安堵 して 




ただ まっている 

ただ まっている

ただ まっている









あいたい